はじめまして、佐伯和也です!
この記事では、
・4歳の頃にできた父親に対するトラウマを一発で乗り越えた方法
・ゲームばかりしてたのに、成績が学年トップだった話
・子どもにいくら言っても勉強をしない理由
・会社を辞めて、お金がゼロになっても生き延びていけた話
・量子物理学を使った引き寄せ講座を開催した話
などの話をしようと思います。
家庭を子どもの安全基地にするコミュニケーション
現在、僕は「家庭を子どもの安全基地にする」をテーマに、親のためのコミュニケーション講座 BASEという講座をやっていて、具体的に子どもとどういうコミュニケーションを取ればいいのか?を教えています。
実際に、家庭が安全基地になることで、講座に参加してくれた親がどうなったのかと言えば、例えば、
・「お空に帰りたい」と言った子どもが「今は毎日楽しく幸せ」と言うようになた
・引きこもっていた子どもが大学に行き始めた
・無気力だった子どもが自分一人で旅までするようになった
・子どもとの関係だけじゃなく、夫婦関係も良くなっていった
・自分のことをダメだと思っていたけど、認められるようになった
・息子から「理解あるお母さんで良かった」と言われるようになった
・生涯の財産となる最高の仲間に出会えた
というような変化が起こっています。
これ以外にも本当に多くの方から、
「佐伯さんのおかげで本当に人生が変わりました!」
と(ありがたいことに)言ってもらっています。
少人数制でありながら、今までのべ120名以上が参加してくれました。
家庭が安全基地になると、子どもとの関係が変わったり、家庭の雰囲気がガラッと変わります。
しかも、親が自分とも向き合うことで、親自身の人生も大きく好転していくことになります。
親が、
「学校に行っても行かなくても、どちらでもあなたはあなたのままだよ」
って子どもを認められるようになったのに、それで子どもが学校に行き始めたりします。
また、今まで何度言っても全然勉強をしなかったのに、ゲームばかりしている子どもを認められるようになると、子どもが勉強をし始めたりもします。
常識的には、子どもに勉強をさせようと思ったら、
「ゲームを制限して、勉強習慣をつける」
ということをやると思いますが、そんなことは一切やっていなくても、子どもが勉強をするようになります。
子どもの本音を引き出そうとあれこれ学んできたコミュニケーションを実践しても、子どもは心を閉ざしたままで何も話してくれないことも少なくありません。
でも、何も特別なスキルを使わなくても、子どもの方から色んなことを話してくれる。
思春期の子どもであっても関係ありません。
親が何か特別なことをしたというよりも、親がやっていた特殊なことをやめただけ。
親が子どもの人生を動かそうとしていたことから、
「子どもに自分の人生を動かしてもらう」
っていう方にシフトをしたら、子どもが自分で人生を動かし始めたんです。
親ががんばることをやめて、子どもに任せることで、子どもがグングン成長していくようになった。
そんな様子を見ていると、親として幸せな気持ちになります。
どうして、子どもがグングン成長するのかと言えば、
「家庭が子どもの安全基地になったから」
です。
安全基地は、子どもの存在を認め、子どもに勇気を与えます。
僕は何も、
「子どものことをほったらかしにしろ」
みたいなことを言っているわけではありません。
親には親としての役割がある。
ただ、それが、一般的に信じられていることとは違っているだけだということです。
僕は、親にコミュニケーションを教えて、家庭が安全基地になり、それによって、
「子どもが自分から勉強をするようになり、親を超えていく子どもを増やす」
ということを目的に活動しています。
親が上に立つ親子関係から、親子が対等な関係になり、子どもを応援する。
そして、子どもが親を踏み台にして、親よりも大きく羽ばたけるように関われるようになる。
子どもが親の思い通りになることを僕は
「親の劣化コピー」
と言っていますが、従来の関わり方はたくさんの親の劣化コピーを生み出してきました。
30代や、40代になっても、未だに親の呪縛から逃れられていない。
そして、その呪縛を自分の子どもにも引き継ごうしている。
これは、親が子どもに「安心」を求めた結果です。
子どもが学校に行ってくれると安心。
子どもが勉強をしてくれると安心。
子どもが就職してくれると安心。
子どもが幸せでいることよりも、子どもが親の期待通りに生きてくれることで、親が安心しようとする。
しかし、それはあくまでも「安心」であって、「幸せ」ではありません。
親が子どもに安心させてもらったとしても、それは子どもの成長意欲を奪ってしまっているだけです。
子どもは、親を安心させるために、親の期待通りの選択をします。
親の心が不安定なために、子どもが親の面倒と顔色を見ながら、親を不安にさせないような選択をする。
その結果が、「親の劣化コピー」なわけです。
しかし、親が自分で自分を安心させられて、子どもからご機嫌を取ってもらわなくても良くなると、子どもは本当の自分の人生を生き始めます。
子どもが本当にやりたいことをやり、今までずっと溜めていた本音を言葉にするようになります。
ここからが、本当の子どもの人生の始まりであり、本当の子育ての始まりです。
僕が推奨している関わり方は、子どもを信じ、子どもの人生を子どもに委ねる関わり方です。
それは同時に、親が自分を信じ、親の人生を子どもに明け渡さずに自分で操縦桿を握る生き方をし始めることと同じです。
親が自分の人生を生きることで幸せを感じ、子どもが自分の人生を生きているのを実感して、子どもからも幸せな気持ちを感じさせてもらう。
自分と子どもの2倍の幸せを感じられるような関わり方です。
では、具体的に、僕がこれまでどのようにして、今のような考え方に至ったのか?をこれからお話していきます。
まずは、僕の小中学生時代の話からです。
4歳の時に抱えていた父親に対するトラウマ
僕の父親は、基本的には子どもを想いで、子どもの頃にもたくさん遊んでもらったし、色んなところに連れていってもらいました。
しかし、たまに、子どもの僕からしたら何の前触れもなく怒ることがありました。
4歳の時に、些細なことがきっかけで父親の逆鱗に触れ、投げ飛ばされそうになります。
そのことがあまりにも恐怖で、僕はそれ以来、年上の男性や、先生など自分よりも大きい存在に対して、恐怖心を抱くようになります。
対象は限定的ではありますが、対人恐怖症ですね。
そんな恐怖体験はありましたが、両親共に僕の遊びに対しては寛容で、自由気ままに遊ぶことができていました。
特に、ゲームに関しても自由で、一切の制限はありませんでした。
強いて言うなら、早く寝ることぐらいです。
僕の周りの友達もおそらくは自由にゲームができる家庭ばかりで、友達とお互いの家を行き来して遊んでいました。
家でゲームをして、学校でもゲームの話をしていました。
一方、勉強の方はどうだったのかと言えば、父親が博識だったのもあり、色々教えてもらっていたことで知的好奇心も育っていました。
さらに、ゲームって、ただ遊んでいるように見えて、実は色んな能力を使います。
考える力、イメージする力、文字を読む力など色んな能力が遊びながら鍛えられていきます。
なので、小学校の頃のテストは100点ばっかりだったし、中学校の頃も全く家で勉強をしていない割には、クラスの真ん中くらいの成績ではいました。
「僕は頭がいいんだぞ」と自慢をしたいわけではなく、ゲームを通して、頭を使うことを日常的にしていたので、授業を聴いているだけでもそこそこ点数が取れていました。
本当に、勉強は授業と宿題以外は全くと言っていいほどやっていませんでした。
むしろ、中学に入ると、さらにゲームの密度が高まります。
学校が終わると、毎日のように友達の家に行ってゲームで遊び、家に帰ってからもさらにゲームをしていました。
さらに、テスト1週間前は部活が休みになるから「よし!ゲームするぞ!」と意気込み、テスト当日は午前中だけなので、家に帰ったらすぐにゲームをしていました。
中学生の頃は、それくらいゲームに明け暮れていました。
中学生で一気に学年トップになる
中3になると受験の年だと思ったから、学習塾に通い始めることにしました。
親は勉強や塾、受験に関してはほぼノータッチなので、自分で見つけた塾に通うことになりました。
塾に通い始めた頃は、成績が真ん中あたりにいたとはいえ、勉強を全くしていなかったから中1の内容も危うい状態でした。
それでも、勉強が嫌いではなかったので、課題を与えられれば、自分なりに楽しんでこなしていきました。
目の前の課題をひたすらにこなし続けていると、おもしろいように点数が上がっていきました。
小さい頃に父親の影響で、知的好奇心は育っていましたが、ここにきて、
「問題が解けておもしろい」
という感覚を感じるようになりました。
勉強をする楽しみを実感しながら、成績はそれに比例してどんどん上がっていきました。
中3の秋ごろには、学年トップまで登り詰めていて、学区トップの公立校への進学も視野に入ってきていました。
滑り止めで受けていた私立高校も合格し、そのまま学区トップの公立校へと進学することになりました。
学区トップと言っても、僕が受験した時にはたまたま倍率が1.01倍で3人しか落ちない状況だったのもあり、無事に合格しました。
中1の内容も分からなかった状態から、勉強を始めると楽しくなっていき、学年トップに躍り出て、公立で最も偏差値の高い高校にも進学することもできた。
絵に描いたようなシャイニングロードだったのですが、この時、僕は心から、
「勉強が楽しい」
と感じていました。
誰かからやらされるわけでもなく、自分の意志で勉強をして、それで勉強ができるようになっていく。
好きなものを我慢していたわけでもなく、むしろ、勉強も半分くらいはゲームのような感覚で問題を解いていました。
だからこそ、勉強も楽しかったんです。
でも、そう言うと決まって言われることがあります。
「佐伯さんだから、できたんでしょ」
ある意味、僕だからこそできたとも言えますが、それは、
「僕の育った環境が、僕をこんな風に育てた」
ってことです。
じゃあ、僕がどうして、こんなことができたのかと言えば、
「勉強を嫌いになっていなかったから」
です。
学校教育も、家庭教育も、その多くが
「子どもを勉強嫌いにさせてしまう関わり方」
をしています。
それが何かと言えば、
「遊びの制限」
と、
「勉強の強制」
です。
楽しいことを制限されて、(その時は)やりたくもない勉強をしろと言われれば、どうやっても勉強に対する印象が悪くなってしまう。
僕は幸運なことに、両親が僕の遊びや勉強にほとんど干渉してこなかったから、勉強嫌いにならなくて済んでいました。
「遊びの制限」や「勉強の強制」が行われている学校や、家庭の方が多いということは、大人になってから知ったことです。
僕が特別頭が良かったわけでもないし、めちゃくちゃ勉強をしまくっていたわけでもありません。
遊びを制限されずに、勉強を強制されなかっただけに過ぎません。
そして、自分の興味関心の赴くままに勉強をしていただけです。
子どもの遊びをよく観察してみてください。
どんどんレベルアップしていって、より難しいことや、複雑なことをするようになります。
その延長線上に「勉強」があるから、あとは本人が「よし、勉強をやろう!」って思えば、どんどん勉強をするようになります。
遊びを制限されていなかったからこそ、自分が体験するものを肯定的に受け止めて、楽しむことができました。
何でも楽しめば遊びになります。
でも、子どもが遊んでいると、
「ダメ!」
って制止されたり、
「それよりも、これをやりなさい」
って別のことをさせられます。
そのたびに、子どもの思考は中断され、楽しい感情も鎮まっていきます。
それを繰り返すたびに、子どもは次第に「楽しい感情」を忘れていきます。
その楽しい感情を忘れた状態で、目の前に勉強を出されたら、
「なんか嫌だな」
「やりたくないな」
っていう気持ちが先行します。
楽しい感情を普段から味わえていたら、
「なんか楽しそうだな」
「どうやったら楽しめるかな」
っていう発想が自然と生まれてきます。
子どもは特に小学校に入ってからは、本当に遊ばせてもらえない。
僕のうちは、遊びは自由だったし、勉強に対する強制も無かったから、覚えている限り、僕の周りの友達も遊びの制限がかかっているおうちは無かったです。
友達も、テストで100点近くを叩き出していたり、勉強もけっこうできていました。
だから、大人になるまで、
「思う存分に遊べている子どもばかりじゃない」
ということに気付かなかったんですね。
自由に遊ばせてもらえず、勉強を強制されている子どもの存在を知った時に、本当に驚きました。
親を批判するつもりはないんですが、
「勉強をしてほしいのに、勉強をさせないようにして、何をしてるんだろう・・・?」
って思っていました。
量子物理学にハマった大学院生時代
とはいえ、僕自身は勉強は楽しかったけど、熱心に勉強をしてるのか、っていうと、そうでもありませんでした。
高校時代は、自宅にインターネットが開通したので、オンラインゲームに明け暮れたり、ネット上に友達を作ったりしていました。
やっぱり遊び倒していたので、高1、高2は全く勉強をせず、高3から勉強を始めました。
神戸大学を志望校に見据えて、1年浪人をして入学をしました。
浪人の間に心理学と出会い、大学に入学してからは部活が楽しくて、部活と心理学の勉強に明け暮れていました。
僕の学科は電気電子工学科で心理学とは一切関係無いので、成績は落第寸前で、取得単位が1桁なんてこともありました。
それで、なんとかギリギリの進級を続けて、4回生となり、研究室にも配属されました。
量子物理学や半導体工学を専門としている研究でしたが、今まで勉強をほとんどせずに、落第寸前だったから、やってることが本当によく分からない。
それでも、先輩たちは優しくおもしろい人たちばかりで、同級生たちとも仲が良かったので、楽しくやれていました。
わけが分からないながらも研究&勉強をしていたある日、僕の研究の担当をしてくれていた先生が僕のところにやってきました。
その時に、話してくれたのが「二重スリット実験」の話でした。
この実験は、簡単に言えば、
「意識の状態が、物理現象に影響を与える」
という実験でした。
入学以前から勉強をしていた心理学と、専門で選んだ量子物理学がバシッと繋がった瞬間でした。
そこから量子物理学のおもしろさにも気付き、量子物理学をはじめ、大学でも勉強に明け暮れるようになっていきました。
この体験から、勉強をするようになるためには、
「勉強を嫌いになっていないこと」
と、
「勉強にハマるキッカケ」
が必要なんだなと実感しました。
小学生の頃から漢字が好きだったのですが、それは「ゲームの攻略本」がキッカケになっていました。
中3と高3の時には、「受験」、大学4回生の時には、「二重スリット実験」がキッカケになっていました。
そして、大学に入る前から勉強をしていた心理学は、
「4歳の頃に父親に対して抱いていた恐怖心」
がキッカケになっていました。
勉強を嫌いにさえなっていなければ、あとはキッカケさえあれば、それにハマるようになる。
そして、一旦のめり込んでしまえば、その分野を
「楽しい」
「好き」
と感じるようになるから、あとは自分でどんどん勉強を始める。
もはや、それは
「遊び」
と同じです。
遊びも、出会うキッカケがあって、
「楽しい」
と思えば遊ぶようになり、遊び続けている間に、
「好き」
になっていく。
遊びと勉強は区別しがちですけど、実は全然区別なんてされていなくて、同じものです。
だから、同じように好きになり、ハマることができる。
そんなことを僕が学生の間に感じていました。
親子の問題は、時間は解決してくれない
大学生で量子物理学の楽しさに気付いた僕は、もっと勉強したいからと思って、今までサボっていた分の勉強を必死にやって、大学院にも進学しました。
大学院での勉強も研究もすごく楽しくて、かなり没頭してやっていました。
大学院は、2年間の前期課程(卒業すると修士になる)と、3年間の後期課程(卒業すると博士になる)があります。
本当は、博士課程まで進みたかったのですが、日本では博士号を持っていても、研究職以外だとあまり使えないと言われていたので、2年間で終えることにしました。
大学院を2年間で終えるということは、1年目から「就職」を意識して就活をすることになります。
就職をするということは、会社で年上の上司とたくさん接することになります。
ということは、ここで僕が4歳の頃に抱いた「父親に対するトラウマ」がキッカケになっている対人恐怖症がネックになることが目に見えていました。
今まで、催眠療法などのヒーリングを受けてはきましたが、改善はされていませんでした。
友人伝えで聴いていたカウンセリングとコーチングの大家、平本さんに一縷の望みをかけて、神戸から東京へと行き、カウンセリングのセミナーに参加することになりました。
僕はずっと父親に対して抱いていた気持ちは、
「恐怖心」
だと思っていました。
しかし、自分の奥深くに眠っている気持ちを掘り下げていくと、恐怖心が「感情のフタ」だったことに気付きます。
恐怖心は本心ではなく、その奥にさらに別の感情がありました。
それが、
「父親のことが大好き」
「父親ともっと遊びたかった」
という気持ちでした。
父親には、遊んでほしいと言ってはいけない気がしていました。
怒られたり批判されたりするのを回避するために、そんな気持ちを恐怖心を使って蓋をして、見ないようにしていました。
自分の本心に気付いた時、涙が止まらなくなり、僕の中から恐怖心がフッと消えてなくなりました。
今までずっと苦しんできたことが、たった1回のカウンセリングで改善するなんて、とても衝撃的な体験でした。
24歳の時でした。
解決するまでに実に20年かかりました。
親子関係の問題は、時間は解決してくれないことを実感しました。
解決しないまま忘れてしまっても、それは見ないになっただけで、消えてなくなったわけではありません。
特に、子どもの方にずっと残ったままになり、それが人とのコミュニケーションに大きな影響を及ぼします。
学校や、職場、家庭などのあらゆるシーンでコミュニケーションが行われるから、親子間の問題は子どもにとってとても大事なものです。
では、どうして、こういう問題が起こってしまうのか。
それは、この話を父親本人にした時に、父親が言った一言が教えてくれました。
「本当は、そのコーチングというものを受けるのは、俺の方だったのかもしれないな」
と。
どういうことかと言えば、僕も、父親も、
「いついかなる時も、親が正しくて、子どもが間違っている」
と思い込んでいたということ。
つまり、
「親は、子どもよりも上なのだ」
という思い込みです。
そう思い込んでいることに、誰も気づかなかったのです。
しかし、僕の長年のトラウマ体験から、そうではないんだということに気付くことができました。
親がいつも正しいとは限らないし、子どもがいつも間違っているとは限らない。
親は、子どもよりも上の存在ではない。
親は、子どもと対等な存在なのだと。
仮に、親が子どもよりも上の存在だとすれば、子どもは親よりも劣っている存在だということになります。
では、子どもの子ども、すなわち、孫になると、さらに劣っていることになります。
このように、子どもの子どものそのまた子どもの・・・と続けていけば、もはや、跡形も残らないくらい劣っている存在になっていきます。
これはまさに、
「子どもが親の劣化コピーになってしまっている」
ということに気付きました。
親は、子どもに自分よりも劣っている存在になってほしいと願っているのだろうか。
そんなことはありませんよね。
子どもには、成長していき、社会の中でイキイキと活躍することを望んでいると思うのです。
であれば、親が子どもに求めていることは、親の劣化コピーになることではなく、
「子どもが親(=自分自身)を超えていくこと」
を望んでいるはずだということになります。
僕の父親も、僕に成長していくことを望んでいたはずです。
しかし、実際は僕は4歳の頃にトラウマを抱き、20年間もの間、自分の才能や、能力をセーブしながら生きてきました。
それは、父親にとっても不本意ではあったと思いますが、そういう結果になってしまった。
その理由は、
「コミュニケーション」
にあります。
従来的な親子関係は、やはり「親が正しくて、子どもが間違っている」という前提に立ちます。
だから、
「~しなさい!」
「~してはいけません!」
という指示・命令型のコミュニケーションになります。
子どもを親の劣化コピーではなく、親を超える存在に成長していってもらうためには、親のコミュニケーションを変える必要がある。
では、どう変えればいいのでしょうか。
子どもが親を超えるためのコーチング
その答えは、
「コーチング」
にあります。
コーチングとは、本人の潜在能力を引き出し、無限大の可能性を実現していくことを支援するコミュニケーション技法です。
コーチは影の存在となりながらも、本人を支援し、自分一人だとたどり着けないようなところまで連れていってくれる存在です。
もし、親がコーチングを身に付け、子どもの潜在能力を引き出すコミュニケーションを取ることができれば、いったいどうなるのか・・・?
親は、子どもにとって、もっとも早い時期に、もっとも多くのコミュニケーションを取る存在です。
その親がコーチングを使えれば、子どもの才能と可能性は時間が許す限り、およそ無限に引き出されていくことでしょう。
その結果が、
「子どもが親を超える」
という状態を作り出します。
子どもは親を踏み台にして、自分の可能性をいかんなく発揮していきます。
親から世代のバトンを渡され、人生の主人公として、次世代を創っていきます。
従来の親子のコミュニケーションと、コーチングの決定的な違いは、
「子どもの判断や行動を子ども自身がすること」
にあります。
常識的には、子どもが何をするのかは、親の認める範疇に収めなければなりません。
親が「いいよ」と言ったことだけ、子どもはやってもいい。
親が「やりなさい」と言ったことは、やらないといけない。
親が子どもの保護者として、何をするにしても、親の許可が必要になります。
しかし、それだと子どもが知り得ることは、
「親が認めたものだけ」
になります。
親が認めたものだけしか子どもは体験できないのだから、子どもが知り得ることは、
「親が知っていることだけ」
だけになります。
これこそが子どもが「親の劣化コピー」になる理由です。
子どもが親を超えていくためには、子どもの思考や行動を親が管理することをやめる必要があります。
もちろん、親が子どもの身の安全を守る機会は必要です。
しかし、親が子どもに介入するのは、子どもを守るためだけではありません。
親の名誉や地位を守るために、子どもに介入することも少なくありません。
親が周りの人から「ちゃんとした親」だと思われたいがために、子どもにしつけをしたり、ルールを教え込んだりします。
親が周りの人から「すごい親」だと思われたいがために、早期教育を受けさせたり、必死に勉強をさせ、受験をさせたりします。
「親のためにやっている教育」
をやめていく。
本当に子どものためになるコミュニケーションだけ残して、子どもに関わっていく。
そうすると、親が受け入れられないことや、親の理解を超えていることも、子どもは体験することもあるでしょう。
親が怖くてできなかったことを子どもは平然とやってのけるかもしれない。
親が、
「自分には到底できない」
と思っていたことを成し遂げるかもしれない。
それが「コーチング」でやりたいことです。
そして、それこそが
「子どもが親を超えていく」
ということです。
僕は、父親に対するトラウマを乗り越え、コーチングに出会ったその日から、
「コーチングを学び、身に付ける」
と決心しました。
「親は子どもの好きなものを取り上げれば言うことを聞くと思ってる」
僕は、大学院を卒業した後、会社員時代にコーチングを学び、その後すぐに会社を辞めて、コーチとして独立しました。
「子どもが親を超えるためのコーチングを広めていく」
という理念を掲げ、まずは子どもの現状を知るために学習塾で働き始めました。
学習塾では様々な子どもと出会いました。
その子どもたちの多くが、
「勉強をしたくない」
と口にしていました。
塾に来てるのも親に言われたからであって、自分の意志で来ている子どもはほとんどいませんでした。
しかし、子どもたちと話をしていると、どうやら勉強が嫌いなわけではなさそう。
僕が雑学やちょっとしたクイズ、大学院で研究していた話などをすると、目を輝かせて興味を持ってくれます。
では、何が子どもを勉強嫌いにさせているのかと思っていると、
「親に対する愚痴」
を言っている子どもが多いことに気付きました。
暴力や暴言を繰り返す中3男子がいました。
彼の話を聴くと、親に勉強しろと言われ、勉強をしなかったら、彼が好きなものを親がどんどん取り上げていくそうです。
それでも彼は勉強しませんでした。
そんな彼がよく言っていた言葉が、
「親は、子どもの好きなものを取り上げれば、子どもが言うことを聞くと思っている」
でした。
親のいないところでは、彼は親の言うことを聞くどころか、暴力や暴言を繰り返していました。
「子どもが勉強をしない原因は、親にあるのではないか?」
中3の時点で5科目の平均点が20点を切る男の子がいました。
彼はとても素直で、人当たりもよく、彼と話していると僕も楽しかったです。
彼とは春期講習で初めて担当することになりました。
春期講習の最後に、僕は彼に、
「受験に合格する秘訣は、どれだけ自習したかだよ」
という話をしたら、
「かずさん、俺いけそうな気がする」
と言って、春期講習を終えました。
その後、彼は激変しました。
通常授業が始まる4月9日よりも早く、4月7日に塾に自習に来るようになりました。
通常授業が始まってからは、彼の授業日以外にも、誰よりも早く塾に来て、誰よりも遅く帰っていました。
後から知ったことですが、家に帰ってきた後も、寝るまで自習をしていたそうです。
誰の目から見ても、彼は勉強をがんばっていました。
塾のみんなが彼を応援していました。
彼が怒涛の自習習慣を始めてから2ヶ月ほどが経ったある日、うつむいた表情で彼が来塾してきました。
「かずさん、ちょっと相談があるんだけど・・・」
と言ってきたので、
「わかった。授業が終わったら、待っててもらえる?」
と言って、いつも通り塾で自習をしておいてもらいました。
授業が終わってから、彼に話を聴きました。
彼の悩みは、
「自分が勉強をがんばっているのに、母親が認めてくれない」
というものでした。
母親は、家で勉強をしている彼を見つけては、
「もっと勉強をしなきゃダメだよ」
「そんなので高校に行けると思ってるの?」
という言葉を投げかけていたそうです。
母親からのそうした言葉に、彼の心は折れてしまっていたのです。
僕は、ただ話を聴くことしかできませんでした。
その後、彼は塾に来る頻度が目に見えて減っていき、元の通り、通常授業の時にだけ来るようになってしまっていました。
いちアルバイトだったから、彼の母親に僕が関わることはできません。
正直なところ、当時は、
「こんなにがんばってるのに、どうして認めてあげないんだ!」
と怒りを感じていました。
それでも、彼は何とか高校には進学することができました。
「もし、あの時、母親が勇気をくじいていなければ・・・」
そんな想いが僕の中にはありました。
現代の子育てに潜む2つの重大な課題
ほどなくして、学習塾を辞めて、親にも関われるように家庭教師を始めました。
家庭教師と銘打ちながらも、子どもにコーチングをする仕事です。
親にも話を聴けるように、家庭に入り込む選択をしました。
様々な親に話を聴くたびに、親の子どもに対する愛情の深さに打ちのめされていました。
親が子どもを心配し、あれをしたら?これをしたら?と声をかけるのは、子どもに対する愛情故なのだと分かりました。
子ども自身は勉強が嫌いなわけではない。
むしろ、すごく興味を持ってくれる。
親は、子どもを想い、より良い人生を送ってほしいと本気で願っている。
しかし、子どもは勉強嫌いになり、自分自身や未来に対して自信を失っていってしまっている。
さらに、親から話を聴くために、
「親向けの100人コーチング」
をして、100人以上の親から、その本心を教えてもらいました。
そして、どうして子どもが勉強嫌いになっていくのか、ハッキリと分かりました。
1つ目は、
「親がコミュニケーションを学ぶ機会が無かったこと」
です。
親は、たしかに、子どもの成長やより良い人生を願っている。
しかし、その愛情を”別の形に変換して”伝えてしまうんです。
それは、時に心配となり、時に怒りとなり、時に厳しさとなり、子どもに伝えてしまう。
親の愛情が別の形に変換されてしまっているから、子どもはそれが愛情だと気付くことができません。
子どもは
「親から愛されていない」
と感じたり、傷ついたり、怒ったりします。
そして、勉強や、自分のためになることを投げ出してしまう。
子どもは自分が愛されるだけの存在じゃないと感じると、自分にとって良い活動をやめ、自分の価値を下げるような行動を選択するようになります。
それが自分には合っていると思うからですね。
親は、その子どもに対する愛情をそのまま伝えればいいだけなのに、別の形に変換して伝えてしまっていた。
親子間で起こっているのは、ただのミスコミュニケーションだったわけです。
どうして、そういったミスコミュニケーションが起こるのかと言えば、
「学校教育ではコミュニケーションを教わらないから」
です。
親を含め、誰もコミュニケーションについてなんて学ばない。
だから、愛情をそのまま伝える術を持っていなかっただけなんです。
親は、何も悪くありませんでした。
2つ目は、
「親が子育てに関して、孤独感を感じていたこと」
でした。
子育ては、かなり大変です。
めんどうなことも多く、親の自由はかなり制限されてしまいます。
しかも、子どもは理不尽ですし、ものすごく手がかかります。
どこかに正解があるわけではなく、各家庭で起こっていることも違うから、その時々で適切な関わりを考えて選択していかなければなりません。
親としても、かなり骨が折れます。
そんな大変なことなのに、日本では伝統的に、
「子育ては母親がやるもの」
という風習がありました。
子どもは母親を求めるのですが、2人いれば2人同時に1人の母親を求めます。
もはや、物理的にどうしようもない状況です。
子どもは母親に構ってもらえず泣き叫び、子どもの要求に応えられなかった母親は自分を責めます。
そんな状況なのに、仕事までしている母親だっています。
母親の抱えているものは、計り知れません。
そんな大変な状況なのに、父親を含め、周りの人たちが、
「そんな状況になっているのは、母親の怠慢だ」
っていう評価を下したりします。
物理的に不可能な状態を理解してもらえず、子育てに参加してもらえないどころか、責められさえしてします。
そんな状況であれば、どれだけ愛に溢れた母親であっても、正常な精神を持って子どもに接することはできません。
1.親がコミュニケーションを学ぶ機会が無かったこと
2.親が子育てに関して、孤独感を感じていること
この2つのどちらか、または両方があると、母親にとって子育ては一気にハードモードに突入します。
100人以上の母親から、そんな母親の悲痛な叫びをたくさん聴きました。
子育てや教育は、子どもにフォーカスを当てがちです。
子どもにいかに勉強を教えるか。
子どもにいかに上等な教育を受けさせるか。
子どもにいかに早期から教育を受けさせるか。
そんなことばかりが注目されます。
しかし、子どもに最も長く関わるのは親です。
子育てや教育において、親の心がぐらついていたり、子どもの勇気をくじくコミュニケーションを取っていたら、どれだけ上質な教育を施しても、その効果は消えてなくなります。
子どもにとって、最も重要な教育とは、
「親が子どもに抱く愛情をそのまま伝えられること」
です。
それがあった上で、分かりやすい授業や、かけがえのない体験、刺激的な友人との交流などによって子どもは成長していきます。
子どもは親との関係の中で、自分自身の根幹となるものを創り上げていきます。
そして、その根幹に枝葉をつけていくのが「教育」です。
親にとっての安全基地を作る
学習塾での経験。
家庭教師での経験。
親向け100人コーチングでの経験を踏まえて、僕は、
「親にも安全基地が必要なんだな」
と思うようになりました。
「子どもが親を超える」
ということを実現するには、まずは親自身が安心して過ごせて、なおかつ、コミュニケーションを学べる場所が必要です。
本当に、ケアが必要なのは親の方です。
まずは、親自身が安定して、自分軸をしっかりとさせることで、子どもを受け止めることができます。
どんな子でも愛することができる精神性の高さとコミュニケーションを身に付けられたら、子どもは親の大きな愛の中で自由に育っていくことができます。
そして、親にも味方が必要なので、親同士が集える場所を作りました。
それが
「親のためのコミュニケーション講座 BASE」
です。
BASEでは、アドラー心理学を元にした考え方や、コミュニケーションの取り方を教えているコミュニティ兼講座です。
アドラー心理学は、人との繋がりがいかに人間の本質なのかを説き、自立と、協調性を育んでいく心理学です。
アドラー心理学で最も重要なことは、
「共同体感覚」
と言って、
「人と繋がっている感覚」
です。
生存欲求が最も強いはずの人間が、どうして自殺するのかと言えば、
「人は、生きることよりも、人との繋がりが重要だから」
です。
人との繋がりが完全に失われた時、人は生きることをやめてしまいます。
子育てでは、「親が子どもを育てていくもの」だと考えられています。
しかし、親が教えられることは、子どもが必要としていることのごくごくわずかでしかありません。
子どもは、社会の中で、様々な人との関わりの中で育てていくことで、より多くのことを吸収し、人との繋がりを感じることができます。
この人との繋がりを作ったり、感じられたりする力がまさに、
「生きる力」
です。
ありのままの自分を生き、そのありのままの自分が人との関係を築いていく。
ありのままの自分で生きることが「自立」であり、人との繋がりを作ることが「協力」です。
親自身も学び、仲間と出会っていき、自分の居場所を作っていきます。
そうすることで、仮に家庭が安全基地じゃなかったとしても、自分の心の状態を保つことができます。
また、自分の生まれ育った家庭が安全基地ではなかったら、そもそも親自身が安全基地とは何かを知らなかったりします。
親が安全基地を知らないなら、自分の家庭を安全基地にしようがありません。
BASEは、そんな親にとっても安全基地のモデルとして存在しています。
BASEを安全基地にすることで、安全基地とはどういうものかを体感で感じてもらえます。
今までBASEに参加してくれた人は、
「BASEのみんなは家族」
と言ってくれていて、まさに家庭の外にあるもう1つの家庭みたいになっています。
BASEで安全基地の感覚を掴んでもらったら、その感覚を頼りに自分の家庭を安全基地にしていくことができます。
子どもが自分から勉強を始める
家庭を安全基地にすることで、子どもは家庭内で安心して過ごすことができるようになります。
その時、親が取っているコミュニケーションは、子どもにちゃんと愛情を伝えられるものになっています。
子どもは親からの愛を感じられるようになり、精神的にも落ち着いてくる。
勉強を初め、親から強制されたり、否定されたりすることが無くなります。
今まで自分を否定していた子どもも、少しずつ自分のことを認められるようになっていきます。
自分のことを認められるようになった子どもは、自分のことをより高めようとします。
自分にとって難しいことにチャレンジをし始めたり、自分から勉強を始めたりします。
実際に、BASEでも、外で活動するようになったり、自分の意志で勉強を始めたり、学校に行き始めた子どもたちがいます。
子どもが親を超えていくために、自己肯定感を高め、勉強をし、新たなチャレンジをしていくことが大事だと思っています。
しかも、それはやらされていることではなく、自分の意志で、楽しみながらやっている必要があります。
やらされる勉強や、嫌な勉強は続きません。
学校を卒業する時に、一緒に勉強も卒業してしまいます。
本当は、学校に属している間よりも、学校を卒業した後の方が勉強が必要になります。
なぜなら、就職をするにしても、自分でビジネスを立ち上げるにしても、社会に価値を提供する必要があります。
価値を見出し、自分が提供できる価値を人に伝えていくためには、知識と思考力が必要です。
それを子どもには自分の意志で、楽しみがらやってほしいと思っています。
勉強って、本来は楽しいものです。
楽しみながら、自分の人生をより良くしていくことができます。
そして、それはいつしか親を超える臨界点に達します。
親は、自分を超え、広い世界で自分らしさを最大限に発揮しながら活躍していく子どもを見て、誇らしげな気持ちでいることでしょう。
親が次世代を育てられるようになる
子どもは、次の時代を作っていく日本の宝です。
親の所有物ではなく、社会の中で育っていき、社会の中で活躍していく。
そして、次の時代を今よりも良い時代にしていってもらう。
僕ら親は、子どもが生まれた時の一番最初、一番根幹の部分に関わります。
これを読んでいる時点ですでに子どもがある程度大きくなっているかもしれませんが、すでに書いたように、親子間の問題は、時間が解決してくれません。
それは言い換えれば、
「親が向き合いさえすれば、親子間の問題はいつからでも解決できる」
ということです。
仮に、僕のように子どもがトラウマを抱えてしまっていたとしても、親の関わり方次第で、子どもはいくらでも乗り越えていける。
子どもは自分が直面している課題を乗り越えるだけの強さを持っています。
親は、子どもが持っているその強さを信じて関わるだけ。
子どもを今まで生み育ててきた自分を信じて、
「今までよくがんばってきた」
と自分を褒めてあげながら、子どもと楽しく温かな家庭を築いていく。
子育てに手遅れなんてないと僕は思っています。
「子どもと信頼関係を築こう」
「家庭を安全基地にしよう」
と思ったところから、いくらでもやり直せる。
なぜなら、もし、子育てに手遅れがあるとしたら、子どもよりももっと年上の僕ら親はもう変われないということになります。
でも、僕ら親だって変われる。
だったら、僕らよりもずっと若い子どもは柔軟に、自分を変えていける。
また、その柔軟さが子どもが思う存分成長していける余白でもあります。
子どもが結婚して、子どもを作るかもしれません。
その時のためにも、親が子どもを信頼し、温かい家庭を作る術を子どもに伝えられたらいいなと思っています。
だから、子育てはいつからでもやり直せるし、今までの親の関わり方だってダメだったわけじゃなく、最善を尽くしてきたはずです。
過去の自分を認め、未来の自分の可能性に向いて、子どもと関わっていける親を増やしていきたい。
子どもが親を超えるような、次世代を育てていける親を増やしていきたい。
子育てのチームを広げていく
子育ては1人でやるものではなく、夫婦や、両親、友人、サービスなどを使ってチーム戦でやっていくものだと思っています。
親が教えられることは、子どもがこれから学んでいくことに比べたらずっと狭いし、親を求める子どもの全てに対応するには、親だけだと物理的に限界があります。
親も人間だから気持ちの浮き沈みがあるし、体調の良し悪しもあります。
そんな状況で、親だけで子育てをするというのは、どうしても限界があります。
なので、子育てとは本来、仲間を作り、みんなで力を合わせながら1人の子どもを育てていくものなんだと思います。
仲間は遠く離れていても、オンラインで繋がり、情報を交換し合ったり、互いに励まし合ったり、話を聞き合ったりすることができます。
物理的な支援があるといいですが、精神的な支援も大切です。
僕は、親にこそ仲間が必要だと思っているので、BASEや、講演会をやったりして、参加してくれた親同士が交流したり、学び合える場を作っています。
BASE以外にも僕の理念に共感してくれた人たちが集まるコミュニティもあります。
無料で参加できるものもあります。
また、お金を払わないと何の学びも得られないようなコミュニティにはしていないので、
「お金は無いけど、学びたい!」
とか、
「理念に共感してるから、多くの人に広める手伝いがしたい!」
とか、そういう形でも関わりにきてもらったり、協力してくれたら、非常に嬉しい。
そういうので偶然繋がったご縁も大事にしているので、何らかの方法で、関わる機会を狙ってくれると嬉しいです。
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それでは、ここまで読んでくれてありがとうございました。